これ、全十三話だったんですね。さて。気になるラストですが。
新たな葛藤の提示
もちろん最終的に新月ちゃんが勝ち残ることは誰もが想定する展開でしょうし、実際そうなっています。ただし、その前に、新たな葛藤が提示されます。
もしも魔力がなくなってしまったら、魔力に関する記録や記憶は世界から消えてしまう。そうなったら、新月ちゃんは世界から認識されず、誰にも知られることなく、その状態のまま永遠に存在し続けなければならない。まるで透明人間のように。それでもいいの? と、新月ちゃんは問われます。「ずっと独りよ。何をしていくの?」と。
葛藤に対する回答
それに対する新月ちゃんのセリフがこれ。
「トンカツまんを食べます。そして、満月の事を思い出します。皆さんの事を思い出します。海を見ます、山に登ります、星を見ます。湖のほとりに座って本を読みます。やりたい事はたくさんあります」
出ました、トンカツまん。こういうとこ、ほんと上手いよね、花田さん。ぐっとくる。そして、このセリフを言わしめたのはあの第十一話の満月ちゃんとのコンビニのシーンがあるから。もう、こうなったら、そのトンカツまんを食べながらの満月ちゃんと新月ちゃんのシーンのセリフを引いちゃいます。
第十一話のセリフ
満月「トンカツまんおいし~い! ほら、新月ちゃんも! 美味しいってすごいと思わない?」
新月「え?」
満月「食べて美味しいとか、何か着たときに暖かいとか、風が気持ちいいとか、夏が暑いとか。よく考えてみるとさ、それを感じられるってすごいことだと思ったんだ。あとね、嬉しいとか悲しいとか頭にくるぞ~とか。眠いとか。そういうのもさ、なんかすごい。気持ちがあったり、かと思うと無意識に反応するところもあったり。それだけですごいって思う。生きてるってこういうことなんだって。トンカツまん食べてお腹いっぱいになるってすごいって。あ、私が人形だからじゃないよ。本当にそう思った。あ~新月ちゃんの言ってること間違ってないって」
新月「私が言ってること?」
満月「うん。魔力なんかない方がいい。きっとそんな力ない方がみんな気付けるから。なんにもないように見えて、世界にはすごい素敵なことがたくさんあるって」
ああもう。ここ。何回見ても泣く。このやりとりがあったから、最後の最後、新月ちゃんは決断できたんだってことが分かる。
大どんでん返し
そして、この時点ではまだ、魔力をなくすことと、満月ちゃんを存在させることがトレードオフの関係になっていると、観客は思わされています。彼女たちの希望通りに魔力をなくしてしまったら、満月ちゃんは存在しなくなってしまうのだろうと。ところが……。
新月ちゃんが勝ち残り、新月ちゃんの決心も鈍らず、世界から魔力はなくなる。でも、新月ちゃんは誰からも認識されることなく、永遠に生き続ける。そこにはもう満月ちゃんの姿はない……と思っていたら、最後の最後で大どんでん返しが待っています。
ラストの前に、新月ちゃんは言います。「あの時やっと気付いた。満月が、ただの人形ではない事に。母から生まれた子がそうであるように。独りで考え、行動すればそこに自分の意思は必ず生まれる。自我は必ず生まれる。水晶がそうだったように。マギアコナトスは、最後に私に伝えたのだ。目の前にいる満月が、私の心の映し鏡ではない事を。友達である事を。おそらく、それが最後の試練。マギアコナトスが、最後に課した試練」
最後の試練
この「最後に課した試練」って何なのか。新月ちゃんの存在が認識されないということはもう最初から分かっているので、そういうことじゃないというのは分かります。では何なのでしょう。満月ちゃんが友達である事が試練ってどういう意味なのか。それはラストで解明されます。
ラスト、新月ちゃんがいる教室に転校生がやってきます。転校生の顔は見えません。転校生はもちろん満月ちゃんでしょう。新月ちゃんに最後に課せられた試練。それってたぶん、これからずっと人間となった満月ちゃんを見守らなければならないということなのではないでしょうか。満月ちゃんと話すことも、触れることもできない状態で。
想定とは真逆の結末
そうなんです。新月ちゃんのセリフにあるように、満月ちゃんはもう「ただの人形ではない」んです。新月ちゃんの心の写し鏡ではない、自我をもった、新月ちゃんの友達なんです。存在し続けるために魔力を使わなくてはならない、人形ではないんです。だから、魔力がなくなっても、存在し続けることができるのです。
つまり、当初観客が想定していた結末とは逆になっているのです。魔力がなくなることで満月ちゃんがこの世界からいなくなり、新月ちゃんがこの世界に残る――私たちはそう思っていました。でも実は逆だった。新月ちゃんの存在はこの世界からなくなり、満月ちゃんは(たぶん)普通の人間としてこの世界にやってくる。
でも、新月ちゃんはその親友の存在を、生活を、人生を、遠くから見ていることしかできない。それが、マギアコナトスが新月ちゃんに課した最後の試練。
もしも、私のこの解釈が合っているのだとしたら、それはとてつもなく残酷な試練です。
プリンセプスの魔女の意味
自分は誰からも顧みられることのない存在となってしまったのに、かつて自分が作り出したもの、最初は人形だったものが、実体を持った人間として、自我を持った一人の人間として現実世界を生きている。自分はそれをただ見ていることしかできない。
そんな状況は、もしかしたら新月ちゃんに嫉妬や憎しみの感情をもたらすかもしれない。そしてそれはやがて、魔力をなくしたことに対する後悔へとつながっていくかもしれない。マギアコナトスはそこまで見越して、この試練を与えたと私は解釈しています。もしかしたら、新月ちゃんに後悔の心が芽生えたら、魔力は復活してしまうのではないか、とも。
最後の試練――ということは、魔力はまだ完全にはなくなっておらず、新月ちゃんに課せられたこの最後の試練の結果によって、最終的な判断が下されるのではないか。本当にプリンセプスの魔女にふさわしいかどうかが決まるのではないか、と思うのです。
ラストカット
それと関連して、さらに気になるのがラストカット。新月ちゃんが手をかざしていたつぼみだった花が咲いている。これはどういうことなのでしょう。たぶんいろんな解釈ができます。例えば、満月ちゃんが言っていたように、「なんにもないように見えて、世界にはすごい素敵なことがたくさんある」、花が咲くこともそう。もしも魔力が完全になくなってしまっているとしたら、それはただ普通に、素敵なことが起こっただけ。もしかしたらそこにはかつて魔力を持っていた存在が関与しているかもしれない、みたいな。
でも、もしもまだ魔力が完全になくなっていないとしたら。まだ残っているのだとしたら。新月ちゃんに課せられた最後の試練が終わるまでは。でも、もしもそうだとしたら、その試練はいつ終わるのでしょう。満月ちゃんが死ぬまで? もしも満月ちゃんが死んでしまったあと、新月ちゃんがこの選択を後悔したら。
考えれば考えるほど、この解釈による新月ちゃんの運命は苛酷です。魔力をなくす=誰もが欲しがるものをなくしてしまうということがどれほど重いことなのか。それは誰かが永遠という時間を耐えることと引き換えにしなければならないくらい重いということです。
希望:語られなかった最後のセリフ
では、このお話は悲惨な形で終わっているかというと、決してそうではありません。「おそらく、それが最後の試練。マギアコナトスが、最後に課した試練」というセリフのあと、教室に転校生が入ってきます。転校生を見ても、新月ちゃんはそれほど驚いた顔は見せません。たぶん満月ちゃんが来ることを想定していたのでしょう。新月ちゃんは、転校生の姿を見て、かすかに微笑みます。そしてこう言うのです。
「だから、私は……」
そのあとのセリフはありません。そこから先は、見る者の想像に任せられています。新月ちゃんはこのあと、なんて言おうとしたのか。私は、こう続くのだと思います。
「おそらく、それが最後の試練。マギアコナトスが、最後に課した試練。だから、私は、これからずっと満月を見守り続ける」
魔力=誰もが欲しがる力のない世界を維持するということ
希望的に捉えれば――恐らくそれが作り手たちが伝えようとしていた捉え方だと思うのですが、新月ちゃんはこの先ずっと満月ちゃんを見守り続け、トンカツまんを食べ、海を見て、山に登り、星を見て、湖のほとりに座って本を読み、最後の試練に打ち勝ち、魔力のない世界をずっと維持し続けていくのだろうと思います。でもそれはやっぱり新月ちゃんの犠牲の上に成り立っていることには変わりがないのですけれど。
花田さん、超絶脚本でした。
というのが、私の解釈でした。それにしても、第十話まで何度も見るのをやめようと思ったこの作品、第十一話以降の展開は驚くほど素晴らしかったです。見続けてよかった。そしてこれはあくまでも個人的な感想、個人の好みの問題ですけど、この脚本、別の監督さんで撮ってほしかった……。いえ、でも、最後はなかなかに考えさせられました。花田十輝さんの底力を見た、という感じ。さすがでした。